たまこ第2回
・乙女の会話シーン、生活シーンは、けいおん譲り、ウリになる一流部分(女流作家部分)
・商店街の会合とかいったローカル描写部分は、視聴者に嫌がられるだろう野暮ったい部分
・第1話は9割方すべってた(ツカミは失敗)。第2話は半分はすべってた。
・女流作家たちにギャグセンスはまるでないのはよくわかった(けいおん二期終盤、劇場版全般で感じてたけど)
キモ
・部外者は、提案はできるが、
・それが採用されたあと、企画会議に口を挟むことができない。(内部関係者だけだから)
・つまり、企画会議〜制作工程において『ベツモノ』になってしまう可能性は高い
・発案者が外部の人間でも、企画会議や制作に携わる内部関係者のなかに最低一人、その外部の人間と同じ発想で口を挟める人物が必須
・部外者が、発案の次に口を挟めるのは、放映後だけである
たまこは、
けいおんに、ムリヤリに、氷菓や日常の田舎くささをインストールして失敗している。
けいおんは、凡庸な美少女ギャグマンガに、軽音楽部活動やティータイムをインストールして大化けしたが、
たまこは、その逆で失敗…BD売上げを落とすだろう。累計数千枚を抜け出せまい。
中二病は逆に、企画としてはやや物足りないけど、もう少し魅力的描写を乗せて、1万枚を超える魅力として化けた。
京アニの欠点のひとつは、アセンブル・チョイス・センスが乏しいことだ。
企画や設定ネタを選ぶ目がない=チョイスのセンス=リテラシーがない。
集めてきたパーツをうまく上出来な料理にする=アセンブルのセンスがない。
たまこについていえば、メインキャラ(3人娘)のヘアカラー色指定のセンスもよくない。
主役はいいけどあとの二人がね…3人並んだときにコラボせず…着こなしが完全にミスってるような、ああいう違和感を覚える。
もうひとつの欠点は、なにごとも緻密描写を追求してしまうことだ。
かわいらしさはとことんかわいらしくなるが、
田舎くささはとことん田舎くさくなる。野暮ったさはとことん野暮ったくなる。だからこれをサブではなくメインにしてしまうと悲惨なことになる。
もし、らきすたを、氷菓並みのローカル全面押し出し描写(鷲宮商店街の現地の野暮ったさを克明に描写)したら「なんでこんな余計なところばかり注力するんだ」と苦情殺到で売上げは落ちるだろう?
これも定説だが
・田舎者が、田舎を描写すると、とことん田舎くさいものができあがる
それでは、都会人は、目を背けてしまうだろう。ローカル局制作の低予算番組に感じる嫌気だ。
京アニは、京都で閉じた閉鎖的集団だ。どう見ても東京都内で人材流動性の高い、一般的なプロダクション多数とは違う。
ローカルを描くときは、よくよく気をつけた方がいい。
東京都心周辺の都会育ちで、田舎を全然知らない連中が、イメージだけで描く田舎と違ってしまう。
(東京で修行した料理人がつくる「ふるさと料理」と、田舎のばっちゃんがつくる田舎料理は、クセとかアクが全然違うでしょ)
泥臭くて「うわっ嫌だ」と目をそらしたくなるような部分も克明に描いてしまう。
京アニの赤坂オフィスは、単なる寝泊まりのホテル代わりなのか。それでは東京都心の各プロダクション側とコネクトしてトレンド感覚をつかむ機会はないね。
最後にもう一つ
「プリンセスをお嫁さんにください」
なんでカラスの次はカマなんだ…京アニでの処遇が不憫な小野…